vol.1 石宏製作所

2012年5月22日、自立式電波塔として世界一の高さを誇る「東京スカイツリー」が東京都墨田区に開業。小雨が降りしきるなか、行われたオープンセレモニー。名誉区民で、プロ野球福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治さんらによるテープカットで使われたのは、地元の町工場「石宏製作所(いしひろせいさくじょ)」が製作した裁ちばさみ。代表の石田明雄さんが1ヵ月近くかけて、コツコツ作り上げたものだとか。下町の住宅兼工場で金槌をふるう、石田さんを訪ねました。

スカイツリーのテープカットに選ばれるなんて凄いですね。

石田:今年の3月に関係者の方から「テープカットに使わせてほしい」という連絡をいただいたんですが、最初はいたずら電話だと思ったんです。

“スカイツリー詐欺”だと思った?

石田:いかにもありそうな話じゃないですか。通常、テープカットというと、金メッキされた専用のはさみを使いますよね。うちのは裁ちばさみといっても、小ぶりだし、金メッキもされていない。まさか……という思いでした。

依頼して来られた方も困っていたんじゃないですか。

石田:そうでしょうね。今思うと、申し訳ないことをしました。あとからお金を請求されたら困るなとか、作った後で「いらない」と言われてもな……と、そんなことばかり考えてしまって(笑)。


テープカットの様子は現地でご覧になったんですか。

石田:妻と娘、母親と一緒に見に行きました。自信はあったけれど、「万が一、切れなかったら……」と思うと、気が気ではありません。無事、全員分のテープがスムーズに切れたのを見たときは、本当に嬉しくて、涙ぐんでしまいました。

自分が作ったはさみが歴史の一コマを飾ったわけですもんね。

石田:亡くなった父に見せてあげたいと思いました。このはさみは、石宏製作所を創業した父が、今から30年以上も前に考案したものなんです。

お父様が?

石田:はい。父はずっと外科手術などで使う医療用はさみを作っていました。僕は24歳で、父に弟子入りしたんですが、ある日突然、父が倒れ、そのまま、亡くなってしまいます。まだ、63歳でした。


大変でしたね……。

石田:僕はまだ29歳で、はさみを作る技術も半人前です。でも、納期は待ったなし。父親の見よう見まねで、何とか仕上げまでこぎつけたものの、問屋さんからは「これでは使い物にならない」と返品されてしまう。周囲からも「もう終わりだろうね」とウワサされていました……。

でも、諦めずに続けてこられた。

石田:「もう、やめてしまおう!」と思ったことは何度もあります。でも、同時に「父の遺志を継ぎたい」という思いもあり、ずっと揺れ動いていました。そんなとき、見かねた同業者の方が「作り方を教えてあげるから、うちに来なよ」と声をかけてくれたんです。

職人の方同士で、こうした「教える・教えられる」というのは、よくあることなんですか。

石田:いや、ほとんどないですね。ふつうでは考えられないことです。職人仲間の厚意で、まだ父から習っていなかった部分を徹底的に叩き込んでもらい、何とか売り物になるはさみ作りを作れるようになりました。

納得がいくはさみを作れるようになったのはいつ頃ですか。

石田:そうですねぇ……。修行を始めてから15年くらい経ってからでしょうか。それより前にも、“当時の僕にとっては納得がいくはさみだった”というものはあるんですよ。でも、今見ると、未熟だったことがありありとわかる。自分の結婚式の引き出物も、この裁ちばさみだったんですが、正直に言うと、全部回収して、研ぎ直して調整したい(笑)


職人として成長するにしたがって、アラが見えてきちゃうんですね。

石田:父が存命の頃、兄や姉が結婚するときに、手作りの裁ちばさみを引き出物としてプレゼントしていたんです。その姿を見て、「いつかは僕も……」と思っていたんですが、今思えば、ちょっと気が早かったかもしれません。

ちなみに、裁ちばさみは引き出物としてもよく使われるものなんですか。「切れる」は良くないなどと言われそうですが。

石田:はさみには「夫婦が一緒に、運命を切り開く」という意味もあるんですよ。ご存知かもしれませんが、はさみはネジを締め付けすぎると、うまく動きません。でも、ゆるめすぎると刃がぶつかりあってしまう。<お互いに締め付けすぎず、緩すぎず、ちょうどいい按配の夫婦になってください>というメッセージが込めて贈るんです。

普段、あまり意識していませんでしたが、“良いはさみ”は素敵なプレゼントになりそうですね。なかなかもらう機会もないでしょうし。

石田:100円ショップではさみが買えてしまう時代に数千円、ものによっては1万円近くするなんて、高いなあと思うんです。でも、使っていただくと“くせになる切れ味だね”と喜んでいただける。独特のひねりを加えてあるので、少しの力でスッと切れるんです。

石田さんのはさみは、墨田区を代表する地域ブランド商品「すみだモダン」にも選ばれています。

石田:父の代では問屋経由で仕事の依頼を受け、医療用はさみを作るというスタイルでしたが、これからは一般向けのはさみも、いろいろ手がけていきたいと思っています。

先が尖っているものから丸いもの、手の平におさまるくらいコンパクトなタイプまで、いろいろな種類があるんですね。

石田:刃がついていないものもあります。これは娘の七虹(ななこ)が保育園に通っていた頃に、僕が考案したものです。幼いうちは、いくら「危ないよ」と教えても、間違えて刃の部分に触ってしまったりします。最初から刃をつけないでおけば、指を傷つける心配がないんです。


刃がついてなくても切れるんですか?

石田:紙1枚程度であれば、切ることができます。だから、折り紙などをちょっと切る程度であれば、刃なしタイプでもまったく問題ありません。刃は後からつけることもできます。

ある程度の年齢になったら、刃つきタイプに変えることもできるんですね。

石田:うちの娘も今は小学生になったので、刃付きタイプを使っています。


娘さんのはさみには「NANAKO」と名前が刻印してあります。

石田:アルファベット表記に限られてしまうんですが、ご希望があれば、イニシャルや名前も刻印させていただいています。お子さんへのプレゼントはもちろん、結婚式のお祝いや誕生日プレゼントとしてもおすすめです。


使い捨てても惜しくない、安価なはさみの切れ味と、職人がひとつひとつ手作りしたはさみの切れ味はまったくの別もの。“本物”をプレゼントする。それは、贈られたほうだけではなく、贈ったほうにも新しい発見と楽しみをもたらしてくれそうです。

石宏製作所 所在地 墨田区墨田5-48-10
TEL 03-3614-3292
FAX 03-3614-3292